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カテゴリー:世良利和の映画に見る沖縄

[映画]沖縄ピンク映画大全

2009.05.11 Monday

  世良利和の新刊『沖縄劇映画大全』好評発売中!


ピンク映画と沖縄の関わりで真っ先に思い浮かぶのは、エログロ路線で知られた大蔵映画の『沖縄怪談逆吊り幽霊・支那怪談死棺破り』(1962)だ。これは怪談映画で裸の露出もないのだけれど、どことなくピンクな雰囲気が漂う。それもそのはず、監督はピンク映画のパイオニアとなる小林悟なのだ。

薩摩剣八郎公式ホームページのインタビューによれば、小林は『太平洋戦争と姫ゆり部隊』(1962)でも小森監督の助っ人を務めたが、そこにはもう一人のピンク監督・若松孝二が助監督として参加していたそうだ。ピンク映画の世界と沖縄を舞台にした映画が思いがけない絡み方をしていておもしろい。

実際にピンク映画の中で沖縄が舞台となるのは、沢賢介監督『夜の沖縄 ポルノ狩り』(1972)が最初のようだ。残念ながら私は未見なので、詳しい内容や沖縄ロケの有無がわからない。もしご存知の方がいらしたら、ぜひ教えていただきたい。

鈴木則文監督の東映ピンクバイオレンス『女番長ブルース 牝蜂の逆襲』(1971)は、裸とセックスと暴力が満載だ。その中に「恐喝(カツアゲ)のジュン」という沖縄出身のスケバンが出てきて、本土復帰を前にした故郷への思いを口にする。また一時代を画したにっかつロマンポルノでも、田中登監督が『昼下がりの情事 変身』(1973)に風間杜夫演じる沖縄出身の少年を登場させ、沖縄と本土の関係を暗示的に描いている。ピンク映画も敏感に時代を反映するのだ。

1980年代に入ると、寺島まゆみ主演のにっかつロマンポルノ『ひと夏の体験 青い珊瑚礁』(1981)が、竹富島で2週間のロケを行う。この作品にはたしか当時の竹富町教育委員長が出演して話題となり、ちょっとしたスキャンダルを巻き起こしたはずだ。また同じ寺島まゆみ主演の『聖子の太股 女湯小町』(1982)では、最後にヒロインが恋人と沖縄へ向かう。

逆に新東宝の『変態牝犬調教』(1985)は沖縄の場面から始まるが、実際には風景のスチルがタイトルバックに使われるだけで、現地ロケは行われていない。本番女優として名を売ったポルノの女王・愛染恭子が出演した『愛染恭子in沖縄 本番快感ツアー』(1991)は未見だが、フィルムは東京国立近代美術館フィルムセンターに収蔵されているので、いずれ上映の機会があるだろう。

その愛染が美青年の母親という普通の役を演じたのが、『デッドライン 島唄よ響け、男たちの魂に』(1999年)だ。標的を仕留め損ねたアル中の殺し屋が、亡母の故郷・沖縄へと逃げ、一人の美青年に恋をする。恋心を秘めた殺し屋が無邪気な青年とジャレあう姿が印象的で、ハード「ゲイ」ボイルドの佳品に仕上がっている。ロケは那覇や糸満などで行われたが、沖縄が持つ意味という点では物足りない。監督の新里猛作は東京で活躍する沖縄系2世だ。

最後にあの首里劇場が舞台となる荒木太郎監督・主演の新作『人妻がうずく夜に 〜身悶え淫水〜』(2008)を取り上げよう。主人公は映画館に住み込みで働くモテない男だ。そこへ昔の兄貴分が現れ、密輸した薬と美人の妻を預けて高飛びしてしまう。主人公の味気ない独り暮らしは一変し、まるで新婚生活みたいな毎日が始まるというお話。

ロケは首里劇場のほか、首里の石畳や牧志の市場通りなどで行われ、劇場支配人も客の役で登場する。地元の風景や流れてくる民謡、ラジオ放送など、低予算の中でうまく沖縄の雰囲気をとらえた作品だ。ただし主人公の来歴や年齢が不詳なため、沖縄や映画館をめぐる物語の背景が曖昧に終わったのは惜しまれる。




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[映画]長編アニメ映画に見る沖縄

2009.04.27 Monday

  世良利和の新刊『沖縄劇映画大全』好評発売中!

 沖縄を描いた長編アニメと言われて、真っ先に思い浮かべるのは1980年代に制作された『対馬丸 さようなら沖縄』(1982)、『白旗の少女 琉子』(1988)、『かんからさんしん』(1989)の三作品だろう。いずれも沖縄戦の惨劇を描き、アニメを通じて子どもたちに反戦平和を訴えようという教育色の強い作品だ。私はこれらを勝手に「沖縄戦アニメ三部作」と呼んでいる。

 劇場公開用の一般アニメでは『金田一少年の事件簿2 殺戮のディープブルー』(1999)が、架空の紺碧島を舞台にリゾート開発ブームの光と陰を描いた。那国という人名や海底遺跡が与那国島を思わせ、琉球唐手や赤瓦の民家、サトウキビ畑などが出てくるほか、犯人はキングシーサーを名乗る。

 また『デジモンテイマーズ 冒険者たちの戦い』(2001)の舞台は慶良間諸島がモデルらしく、島には主人公のおじぃや従兄弟が住んでいる。沖縄アクセントの言葉が使われ、古民家や沖縄の風物、料理などが細かく描き込まれるあたりに、沖縄ブームの浸透ぶりがうかがえる。ただしウチナンチュという主人公の設定が、物語の展開に意味を持つわけではない。

 沖縄の企業がCG制作を担当した『ブルー・リメイン』(2001)のヒロインは、琉球の創世神アマミクと同じ名前で、与那国の海底遺跡が「聖域」のモデルとなっていた。以上はいずれも『沖縄劇映画大全』の中で取り上げた作品だが、その後の調査でさらに二つの作品が沖縄を舞台としていることが分かった。

 一つは『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ 歌うケツだけ爆弾』(2007)だ。ケツだけ星人の不発弾が沖縄の海に落下し、愛犬シロのお尻に装着されたことから、野原家は地球の命運をかけた大騒動に巻き込まれる。ビーチの「白い雲、青い空」と不発弾の恐怖が、図らずも沖縄という土地を象徴している。

 もう一つはかつての人気OVAを劇場用に再編集した『トップをねらえ! 劇場版』(2006)だ。この作品はシネマラボ突貫小僧代表の武富良實に教えてもらった。内容は沖縄女子宇宙高校(通称は沖女)で訓練を受けたヒロインが、最新鋭ロボットマシンのパイロットとなり、宇宙の最前線で戦うというものだ。ジョー・ホールドマンのSF小説『終わりなき戦い』を元ネタにしながら、映画やアニメのパロディが盛り込まれている。

 物語のポイントになるのはウラシマ効果だ。沖女の同級生たちは普通に年齢を重ねてゆくのに対して、地球と前線を亜光速で往復するヒロインだけは、いつまでも若い。17才のままで戦い続け、最後は地球を救うためにブラックホールの闇へと身を沈める彼女の姿に、沖縄戦で散った少女たちのイメージを重ねてしまうのは、果たして私だけだろうか。


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[映画]グラマ島の挑発

2008.11.13 Thursday

 川島雄三監督の『グラマ島の誘惑』(1959)を初めて見たのは、たぶん二〇年以上も前のことだったと思う。天皇と軍隊を風刺したドタバタ喜劇の中で、従軍慰安婦の一人が皇族の種を宿すという大胆な展開に驚いた記憶がある。けれどもその時はまだ、川島の批評精神の深さに気がついていなかった。最近になってようやく『グラマ島の誘惑』を再見する機会があり、そのことを思い知らされている。

 映画の原作は、有名なアナタハン事件を元ネタにした飯沢匡の「ヤシと女」という戯曲だ。映画はこの原作の内容をほぼ踏襲しながら、天皇制、日本軍、男権社会、慰安婦、原爆、戦後民主主義、マスコミや出版界といった雑多なテーマをアイロニカルに描き、マッカーサーと天皇の会見のパロディや皇太子の成婚報道なども盛り込まれている。その中で注目したいのは、川島が皇族の子を産む慰安婦・あいを、朝鮮の娘から沖縄の娘に変更している点だ。おそらくアナタハン事件のヒロインが沖縄の女性だったことも影響しているのだろうが、ともかくこの変更によって、映画は沖縄と本土をめぐる戦中戦後の歴史や天皇制の虚構を鋭く照らし出すことになった。

 知的障害を持つあいは、最初から一人だけ特別に描かれている。姿が見えなくて皆が探しているところへ沖縄風の衣装を着て現れ、腹を空かせた一行にバナナをもたらす。ウチナーグチを使い、頭にかごを載せて歩き、いつも沖縄民謡を歌っている。そして妊娠し、赤ん坊を産む。相手の香椎宮為久は、自分ではいっさい手を汚さず、人一倍食欲や性欲が強いくせに達観を装う。妻子あるこの中年皇族の狡さを、森繁久弥が好演している。赤ん坊はすぐ死に、あいも為久に尽くした挙げ句に海で死んでしまう。沖縄を純真で薄幸な女にたとえるというのは一種のパターンだが、その死の真相は為久しか知らないというのが意味ありげだ。

 もちろん飯沢の原作も天皇と朝鮮半島の関係を象徴的に描いているのだが、川島は後日譚によって、戦後の沖縄と本土の関係にまで射程を広げている。平和と民主主義の日本に変わっても天皇は健在で、一方の沖縄は米軍の支配下にある。また、あいに瓜二つの妹・かなは為久をドライに利用し、元慰安婦たちは沖縄に渡ってドルを稼ごうとするが、前歴のせいで捕まってしまう。民謡「浜千鳥」が誘う郷愁も含めて、川島が天皇と沖縄と女たちに向けている視線は、同時代の他の作品に抜きんでて深く、挑発的だ。
 
 そして面白いことに、川島の松竹時代に助監督を務めた野村芳太郎が『拝啓天皇陛下様』(1963)と『続・拝啓天皇陛下様』(1964)、さらにその野村の助監督を務めた森崎東が『野良犬』(1973)と、天皇批判映画の系譜がつながっている。しかも『拝啓天皇陛下様』以外は、沖縄が絡むのだ。ただし、四方田犬彦が森崎への取材を通じて明らかにしているところによれば、『野良犬』の時点では天皇と沖縄の関係は会社のチェックをかいくぐって慎重に描かれねばならなかったようだ。
 川島は『グラマ島の誘惑』が公開された1959年1月の「キネマ旬報」で、すでにこう述べていた。
「大げさだと笑われそうだが、今度の作品の内容なども、単に皇族と慰安婦を扱っているというだけの理由で制限を受けるような時代がやって来はしないだろうか? すでに、この仕事をはじめてからでも、息苦しい圧迫を受けるような気配を、感じさせられることがあったようにおもえる。恐ろしいことだが……」


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[映画]名前のない沖縄

2008.03.06 Thursday

 全国各地にフィルム・コミッション組織が誕生し、映画やテレビ・ドラマのロケ誘致、ボランティア・スタッフの仲介などが盛んに行われている。迎える側は、ロケ隊の滞在による単純な経済効果だけでなく、地元の知名度アップやロケ地巡りの観光客を当て込んで、地域興しの効果を期待している。一方、映画を制作する側にとっては、自治体の協力やマスコミのバックアップを受け、公開すれば地元での観客動員は保証されたようなものだ。

 こうした持ちつ持たれつの関係が、すべて悪いことだとは言わない。けれども一時的なブームに終わるのなら、ロケ地にとっても映画にとってもあまり意味はないと思う。また迎える側が映画を甘やかし過ぎたり、逆に映画がロケ地におもねったりするのは考えものだ。映画を撮ることはもっと窮屈で不便でうさん臭く、だからこそ自由で魅力的なのではないのか。わざわざこんなことを言うのはほかでもない。最近の沖縄ロケ映画には違和感だけでなく、すでに飽食感さえ覚えるからだ。

 作り手の意図がどうであれ、スクリーンに映写された映像イメージは瞬く間に消費される。かつての沖縄ロケでは、守礼門や南部戦跡、中城城跡、万座毛、亀甲墓などが定番だった。そこに琉球舞踊の場面が挿入され、三絃の音が響き、異国情緒が強調されるパターンだ。本土復帰の前後に撮られたドキュメンタリーには、必ずと言っていいほど米軍基地のフェンスや轟音を響かせて頭上を飛ぶジェット機、国際通り、コザの夜と米兵、デモ隊や政治家の演説などが登場した。

 最近ではサンゴ礁の海と白い砂、島へ架けられた長い橋、フクギ並木や風にそよぐサトウキビ、ガジュマルの大木、エイサーの映像などが多い。市場とオバァは欠かせないし、キジムナーも人気がある。そして各地の細切れロケをつないだ「架空の沖縄」が物語の舞台となり、個々の場所は映画の中で名前と固有性を失ったまま、単なるイメージの記号として使い捨てられる。去年公開された『子宮の記憶』という甘ったれた映画など、その典型だった。

 東京から遠く離れているという一点を除けば、この映画をわざわざ沖縄で撮る必然性はない。そこでは「コラージュされた風景」としての沖縄を舞台に、「見飽きた映画」という物語が演じられているだけだ。


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『バッテリー』を観て、沖縄を想う。(1)沖縄の少年野球映画

2007.04.20 Friday

 ガキどもがにぎやかに走り回る春休みの映画館で、『バッテリー』を観た。主人公は「野球に選ばれた」天才投手、鋭いナイフのように周囲を傷つける美少年だ。傲慢さと繊細さが同居するその天才投手が、仲間との出会いを通じて精神的に成長し、本当の野球を知ってゆく。あさのあつこ原作のベストセラーを滝田洋二郎監督が手際よくまとめ、いかにも少年野球ドラマらしい爽やかな作品に仕上がっている。いや、爽やかと言うには、ライバルの中学3年生二人があまりにもオッサン過ぎるか? ちなみにこのコンビ、怪物役の渡辺大は渡辺謙の長男で22歳、相棒役の関泰章に至ってはなんと26歳だった。

  それからもうひとつ。これは典型的なヒーロー賛美の物語であり、映画は「野球に選ばれなかった」普通の少年を救おうとはしていない。才能と容貌に恵まれた主人公は、相棒に仲間、ガールフレンド、好敵手など、すべてを手に入れる。その一方で、彼が傷つけ、恥をかかせ、レギュラーの座から追い落とした先輩捕手は、内申書の評価というささやかな夢すらかなえられない。主人公は家族の愛や仲間の友情ではなく、むしろ夢破れた少年の嫉妬と無念、恨みをこそ背負って、孤高のマウンドに立つべきなのだ。

  ところで、沖縄でも少年野球映画が撮られている。『遥かなる甲子園』(1990)ではなく、半世紀も前に製作された『敢闘』(1958)という作品のことだ。これは16ミリのモノクロ作品で、監督・脚本は山城茂。1950年代の沖縄で数多くの映画製作にかかわった人だ。また島正太郎や神谷義武、大宜見小太郎といった大伸座の役者に加え、那覇市の小学校から十人の少年が選ばれて出演している。ロケは那覇市内や糸満、勝連半島などで行われたそうだ。この映画はフィルムの所在がわからなくなっており、私も何枚かのスチル写真と中頭勝連小学校での撮影スナップしか見たことがない。俳優・声優として活躍する津嘉山正種の映画初出演作ではないかという情報もあるが、残念ながら未確認だ。どなたかフィルムの行方をご存じないだろうか。


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女優・大城美佐子に出会う(3) 八重山で『ゴーヤーちゃんぷるー』

2007.01.18 Thursday

実はこの『涙そうそう』の少し前に、大城美佐子は西表島を舞台にした松島哲也監督の『ゴーヤーちゃんぷるー』(2005)に出演していた。東京の中学でいじめに遭い、ひきこもっていた少女が、メル友に会うために西表島へとやってくる。島には幼い頃に別れた母親も暮らしているのだ。島の人々と関わる中で彼女は生きることや死ぬことを学び、次第に心を癒されてゆく。南の島=癒しの場所というお決まりのパターンだが、その中で大城は軽トラの宅配業で生計を立てながら一人で暮らすユタを演じている。石垣港から船に乗った主人公に声をかけ、自分の家に泊めてやり、その秘密を見守りながら閉ざした心を解きほぐすという重要な役だ。

これまでの出演作では共演者やスタッフの気心もある程度は知れ、大城自身も民謡歌手という地の延長線上に立っていた。それがこの『ゴーヤーちゃんぷるー』ではガラリと環境が変わる。若い多部未華子を相手に、素人っぽい演技ながらも途中からはほぼ出ずっぱりで、セリフも多い。プロの役者ではない彼女にとって、八重山での一ヶ月に及ぶロケは大変だったようだ。製作サイドのもめ事もあったし、撮影後には上京してアテレコもやった。だがこうした経験の中でこそ、大城美佐子は改めて女優としての自分を見つけたのではなかろうか。それが次作『涙そうそう』での存在感につながっているように思う。

ところでこの『ゴーヤーちゃんぷるー』は元衆議院議員の森田健作が企画したもので、彼自身も冒頭あたりにちょっとだけ出演している。森田は沖縄開発庁の政務次官だったとき、沖縄で映画を作るという公約を掲げており、それを十年後にようやく実現したというわけだ。ただし、二度に渡って文部省政務次官を務めた森田の企画が、同省外局の文化庁から支援事業に採用されているという図式には、ちょっと釈然としないものが残る。




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女優・大城美佐子に出会う(2) 『涙そうそう』での存在感

2006.12.22 Friday

果たしてあなたはヒット歌謡映画『涙そうそう』(2006)を観て涙を流したのだろうか? それとも非現実な地理感覚やあり得ない展開にめまいを感じただろうか? もちろん妻夫木聡と長澤まさみというゴールデン・コンビの演技を楽しんだ人もいるだろうし、連発される「にぃにぃ」と言う言葉が耳について離れなくなった人もいるだろう。あるいは、十数年経っても容姿が変化しないカオルの父親に恐怖した人だっているかもしれない。まあそれはそれとして、内容からするとあえて沖縄を舞台に撮る必然性はなかったと思う。

けれども私個人としては、「女優・大城美佐子」の姿を目撃できたことが大きな収穫だった。それは演技の上手下手という意味ではないし、主演か助演か、出演場面が多いか少ないかという意味でもない。この映画が大城美佐子を民謡歌手ではなく、はっきり女優として扱っており、彼女もまた自分の役柄に女優として向き合っているという意味だ。その点で本作はこれまでの出演作とは明らかに違っていた。

映画の中で、大城美佐子は農連市場のオバァとして登場する。タバコをくわえ、もやしのヒゲ根を取るその姿は、どこか近寄りがたい印象だ。長い人生の苦労だけでなく、悦も楽も含んだ浮沈を感じさせ、存在感がある。さらには若い妻夫木との冗談めかした短いやり取りが、70才になる大城の「女」をふわりと匂い立たせていた。平良とみや吉田妙子といった常連役者とはひと味違う、新しいタイプのオバァを大城は演じていたのだ。最初は「セリフは一行だけ」と言われて出演を承諾したそうだが、実際には撮影が進むにつれて出演場面もセリフも次々に増えたという。おそらく土井裕泰監督も女優としての大城に魅力を感じたに違いない。

それにしても大城美佐子は、いつ女優として開眼したのだろうか?




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女優・大城美佐子に出会う。 (1)民謡歌手としての映画出演

2006.12.05 Tuesday

このところ大城美佐子の映画出演が続いている。言うまでもなく、彼女は沖縄民謡を代表する唄者の一人だ。艶のあるその歌声は「絹糸声(いーちゅぐぃ)」と形容され、込められた情念の深さが聞く者の魂を揺さぶる。女嘉手苅と呼ばれ、ビリー・ホリディやジャニス・ジョップリンになぞらえる人もいるほどだ。

  映画には以前から出演しており、最も早い時期の作品としては、師匠のインタビュアーを務めたドキュメンタリー『嘉手苅林昌 唄と語り』(1995)がある。続いて中江裕司監督の『ナビィの恋』(1999)や『ホテル・ハイビスカス』(2003)にも出演し、劇中で民謡を唄っている。特に後者では米軍キャンプの敷地内に住む「まやー(=猫)食いオバァ」と呼ばれる風変わりな役柄を演じており、アカペラで聞かせる『子守唄』が印象的だった。

  またハマちゃん、スーさんが沖縄へやってくる『釣りバカ日誌11』(1999)からも打診があったそうだが、これは高嶺剛監督の『夢幻琉球・つるヘンリー』(1999)と撮影時期が重なったため、出演を断っている。その『夢幻琉球・つるヘンリー』は、大城美佐子にとって初の主演作となったデジタルビデオ作品だ。彼女は琉装にサングラスをかけて登場し、くわえタバコでギターを弾くというエキセントリックな場面もあった。大城本人から聞いた話では、撮影の時に台本と違うことを勝手にやったりもしたそうで、監督は驚いていたが、結局そのままOKになったという。その他にも『オキナワン・ドリーム・ショー』(1974)や『私的撮夢幻 J・M』(1996)といった高嶺作品の上映の際に、彼女はしばしば三絃と唄による劇伴を引き受け、ライブ演奏を披露してきた。

  ただし、こうした映画出演や上映への関わり方は、あくまでも「まず民謡歌手・大城美佐子ありき」というスタンスだった。






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「網走番外地 南国の対決」(2) アラカンvsてるりん

2006.10.27 Friday

かの竹中労が少年時代に「神」とまで憧れたアラカンこと嵐寛寿郎。鞍馬天狗などのチャンバラ活劇で知られる往年の大スターだ。石井監督はそのアラカンをしばしば脇役として起用しており、網走番外地シリーズにも登場させた。「七人殺しの鬼寅」の異名を持つ老ヤクザという設定で、いつも健さんの後見人みたいなポジションに立っている。鬼寅は『南国の対決』でも終盤に釣り人姿で現れ、釣り竿を振り回して昔の網走仲間を救い出すのだ。

ところでこのとき、アラカンが振り回す釣り竿の針に鼻の穴を引っかけられて、痛がるチンピラがいる。このチンピラの丸い顔と大きな体、どこかで見覚えはありませんか? そう、てるりんこと照屋林助、当時37歳。健さんたちと対立する豪田組配下のチンピラ役で、おそらくこれが映画初出演と思われる。かつての鞍馬天狗と後のコザ独立国大統領が、40年も昔にこんな形で対決していたのだ。この映画には他にも神谷義武、森田豊一、吉之浦朝治といった沖縄芝居の役者が出演している。

一方、アラカンが映画の中で三味線ではなく沖縄の三線を弾いたこともある。イマヘイこと今村昌平監督が石垣島や南大東島にロケした『神々の深き欲望』(1968)でのことだ。民俗学的な虚構を映像化したようなこの映画で、アラカンは自分の娘と関係して子どもを産ませた島の古老を演じている。ただし南大東島では女っ気なしの、しかも情け容赦ないイマヘイの撮影スタイルに耐えきれず、ロケ現場から那覇へ京都へと逃げ出し、そのたびに監督が来て連れ戻されたそうだ。

アラカン死してすでに四半世紀が経ち、昨年はてるりん、そして今年はイマヘイが後生へと旅立った。

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「網走番外地 南国の対決」(1)健さん、沖縄で暴れる。 

2006.10.11 Wednesday

高倉健のスクリーン・デビューが空手映画で、しかも沖縄青年の役だったことはあまり知られていない。大正時代の沖縄を舞台にした『電光空手打ち』(1956)という作品がそれで、『流星空手打ち』(1956)という続編も同時に撮られている。併映用の一時間モノだから、もちろん沖縄ロケなどは行われていない。健さんの役は主人公の若き空手家・忍勇作だ。忍は他流派の大家・名越義仙の姿に感銘を受けてその門下となるが、元の流派との私闘によって破門される。

 それにしても健さんはこの時、東映に入社してからわずか1ヶ月半。ニューフェイスとしては異例の抜擢だった。ちなみに名越義仙のモデルは、本土に空手を紹介し、普及させたことで知られる松濤館流の開祖・船越義珍だ。

 健さんが沖縄ロケに登場したのは、石井輝男監督の網走番外地シリーズ第6作『南国の対決』(1966)だ。このシリーズは雪深い北海道の光景が印象的だが、第3作では九州の長崎が物語の舞台となっており、この第6作ではさらに南下して光眩しい沖縄が舞台となった。

 健さん演じる主人公が網走刑務所を出てみると、組の二代目・関森による破門状が回され、空港には刺客が待ち受けている。先代が八重山の工事現場で事故死したと知り、健さんは船で沖縄へとやって来る。沖縄では先代と縁の深いギボ建設が豪田組一派の嫌がらせを受けており、背後には関森の暗躍があった。一味の非道ぶりを知った健さんは、長ドス片手に斬り込んで大暴れだ。

 沖縄を舞台にした東映のヤクザ映画としては最も早い時期の作品で、守礼門や観音堂近くの坂道、泊港、名護湾などでロケが行われ、大勢の見物客が集まった。

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運玉義留の映画史(2) 高嶺以前の運玉義留映画

2006.09.19 Tuesday

運玉義留が登場する映画の最も古い記録としては、中座の名優だった多嘉良朝成が戦前に連鎖劇フィルムの『運玉義留』を撮ったとする資料がある。連鎖劇とは映画と芝居を合体させた上演スタイルで、舞台と同じ役者が野外シーンなどをあらかじめ撮影しておき、それを芝居の途中で上映するものだ。残念ながらこの『運玉義留』のフィルムやスチルなどは今のところ確認できておらず、製作年や出演者など詳しいことも一切不明だ。

 戦後になると、宮平雅風監督の『新説 運玉義留』が撮られている。これは連鎖劇フィルムではなく独立した一本の映画で、義留がお尋ね者の義賊となって油喰坊主と出会い、槍の名手・儀保里之子と対決する場面などが描かれる。運玉義留を牧秀夫(=真喜屋実秀)、油喰坊主を泊由木夫(=親泊行雄)が演じており、モノクロのトーキーで、アフレコのセリフはすべてウチナーグチだった。またこの映画には続編があり、義留が槍で殺される場面などが撮影されたようだが、フィルムの所在などは分かっていない。

 さらに運玉義留は大日方伝が監督した『山原街道』(1958)でも活躍する。これは女だけの劇団として人気のあった乙姫劇団が、結成十周年を記念して『月城物語』(1958)と二本立てで制作したカラー作品だ。フィルムは出演者でもある劇団の二代目団長・間好子によって沖縄県公文書館に寄贈されており、誰でもビデオ版で鑑賞することができる。

 ただしこれも全編ウチナーグチで、もちろん日本語字幕などはついていない。

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運玉義留の映画史(1)  高嶺剛の異色作

2006.09.04 Monday

沖縄映画を代表する作品のひとつに、高嶺剛監督の『ウンタマギルー』(1989)がある。耳慣れぬ響きのタイトルに興味を引かれてうっかり見始めると、いきなり日本語字幕が現れて意表を衝かれ、奇妙な展開に巻き込まれ、いつのまにか映画を流れる不思議な時間に幻惑されてしまう。

 沖縄を物語の舞台や装飾として利用しただけの映画が氾濫する中で、この『ウンタマギルー』は映画史に独自の位置を占め続けてきた。もっと奥深い沖縄への踏み絵であると同時に、沖縄の映画をめぐる可能性と限界を二つながらに孕んでいたのだ。中江裕司の初期作品も本作の影響を強く受けているはずだが、そのあたりのことはまた別の機会に詳しく述べたいと思う。

 ところで、この映画で小林薫が演じた主人公の運玉義留(=ウンタマギルー)というのは、沖縄の昔話に登場する伝説上の義賊だ。空中浮遊の術を身につけていたとされ、弟分の油喰坊主(あんだくえぼーじゃー)とコンビを組み、悪徳役人や金持ちの家から金や米などを盗み出しては貧しい人々に配ったそうだ。

 沖縄版の鼠小僧次郎吉といったところだが、運玉という名前は現在の与那原と西原町の境にある運玉森(うんたまむい)のことで、義留はこの森の出身とも、あるいは役人に追われて最後はこの森に逃げ込んだとも伝えられている。庶民派のヒーローとして愛されてたびたび小説にもなり、沖縄芝居では人気のセリフ劇だった。

 そして運玉義留の登場する映画も、実は高嶺の作品が最初というわけではない。

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松田優作と沖縄(2) 幻に終わった優作版『海燕ジョーの奇跡』

2006.08.23 Wednesday

前回の『沖縄列伝第一 島小』のほかに、松田優作が映画の中で沖縄とかかわった作品がもうひとつだけある。

 監督の降板で自らメガホンを執った『ア・ホーマンス』(1986)だ。具体的に沖縄が舞台となるわけではないが、優作演じる正体不明の「風」が乗っているバイクは沖縄のナンバーで、その先に微かながらベトナム戦争が暗示されていた。

 惜しかったのは藤田敏八監督、時任三郎主演で映画化された佐木隆三原作の『海燕ジョーの奇跡』(1984)だ。これはもともと東映が優作の主演で映画化を検討しており、脚本も深作欣二に依頼していた。

 深作は沖縄本島から与那国、フィリピンまでシナリオ・ハンティングに出かけ、いったんは準備稿まで刷り上がっていたらしい。

 優作自身も出演に意欲を見せ、構想中の深作を訪ねたりもしている。もしかすると優作は、在日朝鮮人と日本人との間に生まれた自らの出自を、さらには顔も知らない父に対する愛憎を、ジョーの物語に重ねていたのかも知れない。

 もっとも深作が述懐しているように、ジョーという主人公の南方的な楽天性と若いチンピラ風情は、ストイックで一匹狼的な優作の個性と相容れないもので、結局この企画はポシャってしまう。そして80年代半ばには、沖縄を舞台にしたハードボイルド映画が次々に作られたが、残念ながらそこに優作の姿を見ることはできなかった。

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松田優作と沖縄(1)  優作と昌吉の共演?

2006.08.11 Friday

映画の中で思いがけない出会いをすることがある。

大阪の小さな自主上映会場で、『沖縄列伝第一 島小』(1978)というモノクロの16ミリ作品を初めて観たときがそうだった。

 いきなり聞き覚えのある声がスピーカーから流れ、それが松田優作だとわかった瞬間、思わず鳥肌が立った。その夏、私は130枚ほどの優作論を書き上げ、評論集に収めて出版したばかりだった。けれどもこの映画は観たことがなくて、優作がナレーションを担当しているとは知るよしもなかった。

 スターへの階段を昇りつつあった松田優作が、どうして独立プロのドキュメンタリーに関わったのか。それは優作と監督の吉田豊が下関第一高校の同級生だったからだ。その後優作は東京で劇団の研究生となり、一方の吉田も日大芸術学部を中退して原宿の映画学校に転じ、東京で再び交友関係を持ったという間柄なのだ。

『沖縄列伝第一 島小』は、吉田が沖縄に暮らしながら自らカメラを回した作品だ。2003年の琉球電影特集でも上映されたから、ご覧になった方は多いと思う。金武湾の石油備蓄基地に反対する住民闘争を中心に、沖縄の独自性にこだわる様々な闘争や活動がフィルムに収められている。

 若き日の喜納昌吉も出演してインタビューを受け、しかも映画の音楽担当としてクレジットされている。優作のナレーションと昌吉の音楽−独立プロが生んだこの偶発的な組み合わせには、まるで異種格闘技的な雰囲気が漂う。

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